「写乞(しゃこつ)」という言葉は、カメラを持った散歩(写真散歩)と、
僧侶が鉢を持って街を歩き、お布施や食糧を乞う修行(行乞 / ぎょうこつ)を掛け合わせた造語。
ある感覚を求めて写真を撮り歩くこと。
撮影後に「写真を一枚いただきました」と念ずる。
基本的には白黒写真(モノクローム)での表現です。
自我を消し、街や自然と同化することでしか得られない、
静寂や一期一会の「ある感覚」を求めて歩く。
はっきりわからないけれども自分の心を動かす何か。
言葉で明確に定義できない「何か」に心が反応し、シャッターを切り、
後から「一枚いただきました」と念ずる。
世界との対話であり、自己の深層を覗き込む祈りのような時間です。
色という過剰な情報を取り除いた白黒写真(モノクローム)だからこそ、
雄弁な色彩に惑わされることなく、「光と影の気配」を強く感じる。
一般的な観賞写真が「飾るための美」や「わかりやすい物語」を求めるのに対し、
一見してつまらないものに感動する、
いわゆる「美しくない」とされる日常の破片に感性が激しく連動する瞬間。
誰も足を止めない場所にカメラを向け、
白黒の光影の中にその「得体の知れない心の揺らぎ」を定着させる。
それは写真を使った最も贅沢で、
最も孤高な精神の散歩(修行)と言えるかも知れません。

コメント